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あれから約2週間が経った。
次の日の昼ごろに家に帰ったので、朝しかいない親は俺の書置きすら見ていないことが自分の携帯をチェックして分かった。
幸いなことなのだが、どこか不満を持っている自分もいた。
だけどまぁ、家族などこんなものなのだろう。おそらく。
ただ唯一俺を叱ったのは、他でもない叢だった。俺が部屋に入るなり、こいつは仁王立ちで俺を待ち構え、怒鳴り、そして慰めようとした。
深雪さんともメールを時々するようになった。目立つような内容じゃないが、それぞれの生活のことを伝えたりした。
一月九日。
年が明けての初めての学校が始まった。これ以上家で暇をもてあますことがなくなったので、俺は内心喜んでいた。何よりも、彼女に会えることが一番うれしかった。
「お前もだいぶ成長したんだな」
叢は、この日玄関で靴を履き替えているときにぽつりとぼやいた。
その一言に振り返らず、俺は学校にいくために靴を素早く履きながら続けた。
「そうなんですかね」
「お世辞は言わない性質なんでね」
「そうっすか」
こいつはあのこと以来、俺の傍にずっといるようになった。本人曰く、何をしでかすかもう分からないからだそうだ。一日のほとんどが、俺の見える場所にいた。
はっきり言って鬱陶しかったが、仕方がないので黙っていた。
「あけましておめでとう!」
「あ、あけましておめでとうございます」
教室に入った途端に、彼女の大きな挨拶がかかった。びっくりする。
「今年もよろしくお願いしますね!私も色々と迷惑かけますがー」
ぺこぺこと藍子さんは元気よく頭を下げた。なんだかあれほど欲していた彼女と急に会ってみると、あまり実感が湧かなかった。相変わらず綺麗な長い真っ直ぐな髪が、さらさらと流れている。
俺も彼女にならって同じようにぺこぺこと頭を下げた。
「俺のほうこそ今年もよろしくっ」
端から見ればえらい滑稽なやり取りだろう。でも俺は、休みに冷めた心が温まる思いがした。それは、自分の生きるための温かさ。
彼女は鞄の中からごそごそと何かを取り出して、それを俺の前に差し出した。
「それとこれっ!この前言ってた本。遅くなったけど、気が向いたら読んでみてね」
「あ、ありがとう」
夜のピクニックという本を借りた。表紙から見てもすごくおもしろそうだった。今日から帰ったら見てみよう。
そんなやりとりから、俺の残すあと1ヶ月の日々が始まった。
学校はよく見るとたくさんの人で溢れていた。それと同じく、たくさんの思いが空気中に交差しているように思えた。休み時間に入るたびにそれぞれが会話を交わし、複雑な人間関係が写される。
俺は藍子さんとしゃべり、前の席の男子と話し、授業が始まるとなにかをぼんやりと考えながらじっと教卓の教師を見ていた。
あの山形での一件以来、俺は前向きにはなれたと思う。少なくとも死ぬまで生きようと覚悟している。
しかし、覚悟できないもう一つのことがあった。
それは、藍子さんへ告白することだった。
そのことがずっと踏み切れずにいた。
やっぱり、自分の気持ちをさらけ出すというのは、俺には重かった。
ただ単純に、嫌われるのが辛い。
言った瞬間にもしも彼女の歪んだ表情を見たら、俺は永遠にそれを忘れることができないだろう。
それに、葉山のことがあった。
彼女と彼の間に、踏み込めない関係があるなら、俺はこれ以上先へは行けない気がした。もっとも、死を目前に控えた俺が、そんなものはもうあまり意識していないのだが。
付き合ってるのだろうと付き合ってないだろうと、俺は悔恨を残さずに死んでいきたい。
早く、告白してしまおう。
彼女から例えふられようとも、その行為に意味がある。彼女に自分を認めてほしい。
死というものがどういうものであろうと、俺はきっと受け入れることができる。そんな予感がする。
それは、彼女に告白できたときに得られる最後の享受感なのかもしれないのだけれど。
それから1週間。1月16日。
俺は、読んだ藍子さんの本を返した。すごくおもしろかった。ただ歩くだけの高校行事である歩行祭というのがメインなのだが、そこに描かれる人間関係の緻密さが読んだ人の心を打たせた。
融と貴子という二人の主人公がいるのだが、互いに秘密を隠し、それが少しずつ明らかになっていくというものだった。
「いやぁほんと面白かったよ!なんだかほんと青春って感じで。俺も歩いてみたくなったよ」
「あはは。単純だなぁ水無瀬くんは。でもほんと歩行祭に参加したくなるよね!青春したいわ〜」
「一応17歳なんだけどな……」
「老けちゃったね私たちも」
くすくすと笑いながら藍子さんは俺を見ている。
いよいよ2月に近づき始め、俺は覚悟を決めつつあった。
デジカメを買った。なんとなく。自分の生きた証を残しかかったからかもしれないが。とにかく色々なものを撮った。それをプリンターで印刷し、写真として自分の部屋のいたるところに貼った。
空、雲、雪、月、木、学校、体育館、教室、道路、ネオン、店、電柱。千也もたまに入り込んだ。
よくみてみると、人が入ってない。俺が見ていた世界というのは人間がいない世の中だったらしい。
唯一自分の意思で撮った人間は、彼女だった。俗にいう盗撮なのだが、冥土の土産として撮ってもいいだろと勝手にシャッターを切った。たった一枚、窓から街を見る姿だけが、最初で最後の彼女の写真だった。
遺書というのは書かなかった。
最後の悔いは自ら晴らそうとしてたし、特に家族に言い残すこともなかったから。
「おまえもだんだん淡白な性格になってきたな」
叢がそんなことをぽろっと洩らした。
「死ぬ人間の典型さ」
「見本ともいえるのかな」
「言ってろ」
なんでこいつはこんなに性格が捻くれてんだろうか。幽霊め。
皮肉る部分。それは俺の影か?自分の影が作り出した生霊なのだろうか。その、どこか同情し見守るような瞳はなにも訴えてこない。
日付は悲しくも早く流れ、毎日が砂時計のように残量を俺に示した。1月22日。
藍子さんにどうやって告白しようかと考えているうちに次々と一日は終わりへと向かう。
とりあえずやっぱり携帯のメルアドだけでも教えてもらおうと思った。俺は大胆にも彼女に直接言ってみた。
「そういえば、メルアド教えてくれない?知らなかったからさ」
それは2時間目終わりの休み時間。友達に軽く要求するような感じで、俺はノートを机にしまいながら聞いてみた。
「あ、そうだったね。――――はい、どうぞー」
カサカサと紙の切れ端に書かれたアドレスが渡された。なんとあっけない。
「どもです」
「いたずらに使わないように。あとチェーンメールもやめとくれ〜」
「了解だ」
「よろしいー」
なんだか疲れているらしく、机に突っ伏している。なにかあったんだろうか。
「どうかしたの?随分お疲れなようだけど」
「ん〜。うん、ちょっとね……」
「――うん」
それ以上は聞かなかった。人には言えることと、言えないことがある。
そもそも、葉山とは一体どうなっているんだろう。俺の耳にはなんの噂も入ってこない。元々、そういったことの情報に疎いのもあるけど。なんの音沙汰も無いのは不思議といえば不思議だ。
あれ以来、二人でいるところも見たことが無い。
あれこれと考えても仕方ないから、思考を停止しよう。
その日は普通に家に帰り、部屋でさっそく藍子さんのアドレスにメールしてみた。dream
of night hawk.@〜と彼女の好みが見て取れた。
『こんちはー。水無瀬です。登録お願いしますー』
幾ばくかの絵文字を使いながら、これくらいが妥当だろう。
ごろんとベッドに寝そべりながら、窓の外を見る。外は牡丹雪が降り注いでいる。大きな雪の粒が次々と宙を舞っていた。
部屋のなかは静かで、黒いソファーの正面にある薄型テレビは黙っている。
「もうすこしで2月かぁ」
白い天井が物語る。終わりというものがあっけないということ。
そこで叢が視界に入り込む。
「大丈夫か?」
「まぁ……。ってか俺の死ぬのって2月の何日なんだ?」
「15日だ」
「そうか」
あと24日か。割とまだ時間があることがいいのか悪いのか。
「交通事故で死ぬのかな?」
「そこは分からない」
不便。
叢はソファーに座り、虚空を見つめた。こいつも、なにか嫌なことがあったのだろうか。座るもう一人の俺はどこか不安げだ。
そしてなにかを語り始めた。
「この時期になると憂鬱になるよ。感情に反せず降り続ける雪たち、痛みを伴うほどの寒さ、濡れてしまう足、耳障りな除雪機の音。それだけはあの頃と変わってない」
「……」
叢が昔のことを言うのは初めてだった。
「まぁ、まだお前に俺のことを話す時期じゃないな。すまんすまん。つまらない話さ」
「―――なにがあったのかは知らないけど、いつでも聞くよ」
「おう」
俺が死ぬ。この生涯の最後には、叢の過去が大きく関わってくるような気がした。なんか、映画とか小説みたいな話だな。
ぼーっと天井を眺めていたら携帯がブルブルと鳴った。
『どうも〜☆早速登録したよ。そういえば気になったんだけど、水無瀬くんのアドレスの“rumble fish”ってどんな意味なの?』
女子高生らしい明るいメールが届いた。
あぁ、ランブルフィッシュね。別にあまり意味はないのだけれど……。
『なにかで見た単語なんだけど、なんか頭から離れなくなってさ。調べたら、真相を見抜くとか正体を見破る魚って意味だったような気がする〜。どうなんだろうね』
なんか淡白なメールだな俺のは。もっとがっついたりしたほうがいいのかな。
ちょっと迷ったが、とりあえず送信した。
携帯のメールのやり取りというのは、不思議な行為だ。
必ず交互に相手と意思や意見を交し合い、相手のメールが来るまで待たなければならない。
その待ち時間は、相手のための時間だ。俺は、藍子さんのために待っている。そして彼女も、俺のために待ってくれる。
自分のために待ってくれることに、俺はなぜかひどくうれしかった。メールをする時間だけは彼女は俺を待っていてくれたし、俺という人間が発する意思を受け取ってくれた。これは、幸せと言っていいと思う。いや、幸せだ。
その日はそれからすこしだけ他愛ないことをメールで話し、幸せな心に浸れた。
それから日数は止まらずに、零れ落ちた。
3日……1週間……10日……20日……。
俺と藍子さんは話した。色々なことを。その話のやり取りは決して多くはなかったが、互いのことを知れた。
彼女が好きだった。
どうしようもなく好きだった。
だから、俺は告白しようと思う。
自分という存在を彼女に記憶してもらうために。忘れてもらわないために。自分を証明するために。
失うものはなにもない。そう、何も。
2月の14日。
俺は彼女をメールで呼び出した。
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