あれから二週間。

俺は自分の部屋で叢が次々と死の予告を言うのをただ聞いて、普通に生活していた。

全てを受け止めてはいないのだと思う。しかし、死の予告が当たるにつれて俺は不安になっていった。誰か1人でも予告から外れさえすれば、俺は救われた気分になっただろう。

死の予告を受けた計6人は、その全員が死んでしまった。


12月1日。

天気予報によれば今日から雪が降り始めるらしい。

「うはー。今日も寒そうな一日だなおい」

叢は部屋の窓を首だけ通り抜けて言った。

「おまえは寒さなんて感じないだろ。今日は雪が降るらしいからなぁ…」

「酷いなぁ水無瀬君は〜」

俺は着替えて朝食をとりに階段を降りて行った。叢も慌てて俺を追いかけて来た。来るなといっても叢はつまらないからといっていつも俺についてきた。

だれもいないテーブルに座り、俺はいつもどおりリモコンでテレビの電源をいれた。テレビは世の中のつまらないことをたんたんと喋っていた。

「しっかしまぁ物騒な世の中になったねぇ。俺の時はこんなにたくさんのことなかったぜ」

叢は画面を食い入るように見ている。ふと叢がどのくらい前の人間なのか知りたくなった。

「おまえいつ死んだんだ?」

「1990年2月14日午後4時頃」

「へぇ…」

死んだ人間っていうのはそういうものをしっかり覚えているもんなんだな。バレンタインデーに死ぬななんて不幸極まりないやつだ。

「バレンタインで失恋死とか?」

まさかな。

「おう」

「…」

俺はなにも言えなくなった。


学校はいつもどうりだった。たまに叢が俺の教室に現れて後ろのロッカーに座り込む以外は。それは2時限目。叢は1日に一回はこうして俺のクラスに来る。

俺は後ろで堂々とクラスを眺める叢に左の席から目だけ動かして睨んだ。

「今日も来ましたよっと」

よくもまあ飽きずに来るよなこいつも。授業なんて見てたってつまらないだけだと思うんだが。

英語の先生は生徒に向かって熱心に英単語を言って繰り返させた。俺は叢を見てみたが、なんだか懐かしむような顔でその風景を見ていた。

ふとそうやって叢をみていたら不意に藍子さんと目が合った。彼女は少しだけ笑って黒板に向いた。

俺はなんだか自分が死ぬのが不思議に思えた。

死ぬ、というのがこういうもの全てを思い出すことができなくなり完全に虚無の世界にいくのだとしたら、今こうして生きている意味はあるのだろうか。暗闇に放り出される前に光を浴びる事に意味があるのだろうか。

叢がいうには、死んだ人間はこの世に未練が無い限り消えるのだと言う。自分はまだ消えずにいるから消えた後のことはわからないと言っていた。叢の未練はなんなのか聞いたが、教えてくれなかった。

死とは一体なんなのか。死んだ人間でさえもそれはよく分からないものなのか。


そんなことを考え詰めていたら5時限目に前の席の千也にいきなり話しかけられた。

「おい席替えだってよ!勘弁してくれよ〜」

俺はハッとなって黒板を見た。黒板には委員長がせかせかと席の図を書いて番号をつけていた。くじ引きだ。

「あーあ、俺この席気に入ってたのになぁ…。参るぜ全く。…あ」

千也はそこでいったん何かを思いついたようだ。

「…水無瀬くーん、これはチャンスじゃないかい?これで君のラヴァーの隣りになれば…」

ニヤニヤヒソヒソと千也は楽しそうに俺に小さな声で言った。千也は俺が藍子さんに謝られて以来なんだか少しづつこうして近寄ってくる。藍子さんは近寄ってこないけど。

「余計なことを…。大体40人いる中でそんな偶然がそうそう起こるかよ」

「もっと希望を持て!きっと神はお前に味方してくれる!」

そんなことを喋っているうちにくじが回ってきた。俺は無意識に手を箱に入れて最初に触れた紙を取った。

紙を開くと7と書いていた。俺は見覚えのある番号に少し不安になった。くじを開いた千也がはしゃいで俺に話しかける。

「おいおい29番だってよ!…って一番前じゃん!?」

「前と同じ席だ…」

二人とも驚きの反応だ。っていうかまた同じ席を引いてしまう俺って一体。

「なんだ水無瀬、またここかよー。いいなー。ずりぃー。俺と変われ!この端っこやろう!」

「じゃあな一番前。いいやつだった」

「うう…」

しぶしぶと千也は席を引いた場所へと移動して行った。正直、千也と離れるのは少なからずいやだった。友達といえるのはあいつくらいだから。

教室が机と悔しさの声でうるさくなっているなか、俺は窓の外を見ていた。いよいよ空は曇り始め、雪が降りそうな感じになってきた。

俺はかすかに雪が散っているのを感じたが、空にはまだ雪の姿は無い。

雪を探すのを諦めて黒板を向こうとしたときに、突然隣りから聞きなれた声がした。

「よろしくね、水無瀬くん。隣りになりましたー」

「あ…」



神は一体俺に何をさせようとしているのだろうか。この余命少ない人間に。

そう。俺の隣りにはあの片思いの月下藍子さんがいた。俺が生まれて初めて好きになり、目を奪われた人が。

俺はこれが明らかに偶然でないような気がした。とても大きななにかが働いているのだと感じた。それを呼称するならば、例えば”運命”とか。

目を丸くしている俺を見て、藍子さんは心配そうに声をかけた。

「えーっと、私じゃ嫌だった?」

「いやいやいや」

俺は首を左右に振って否定した。我ながらなんだか情けない。

「よかったー。これからお世話になります」

「はぁ…」

俺はもっとまともな返事ができないのか!ペコリと頭を下げる藍子さんを見ながら、俺はただあたふたしていた。

「こちらこそよろしく」

俺はなんとかそれだけ言うことはできた。

すると藍子さんはニッコリとして俺の後ろを見て呟いた。

「あ、雪」

俺は後ろを向き、空を見た。空からは静かに、そしてたしかに雪が次々と下りてきた。

「ほんとだ」

俺はそれを見てゆっくりと悲しくなってきた。それはいよいよ冬に入り、自分の死期が迫ってきていることを理解したからだった。

雪は静かに降る。まさか初雪を、今この時に見るとは…。



「しっかしまさか本当になるとは!!」

千也は休み時間に俺をトイレに引っ張り出して俺の右肩を揺すりながら言った。

「でかした!もう俺が言う事はなにもない!」

「そりゃどうも」

俺は千也の手を振りほどき、トイレの窓から雪を眺めた。

「なんだよ水無瀬。もっと喜べよ!チャンスがやってきたんだよチャンスが!」

千也のほうにまどのふちに左手を乗せ、俺は戸惑いながら言った。

「…どうすればいいかわかんないんだよ。別に隣りになったからって、何話せばいいのかわからないし、今まで以上の接し方なんて多分できないし」

千也は少し心配そうな顔で俺を励ました。

「なんでもいいんだよ、話すことなんて。どんなとりとめの無い話でもお互いに話していれば仲良くなれると思うぜ?まずは何でもいいから色々話すことだな。接し方もそうしていれば段々変わっていくさ」

「そう…だな」

俺は千也に礼を言って元の席に戻った。



6時限目になり、俺はまだ慣れなかった。こんなに近くで藍子さんと接すると、彼女の顔の表情をはっきりと見ることができ、俺には今までに無い緊張が続いていた。

やはり彼女は美しかったのだ。遠くで見るのと近くで見るのでこんなに違うなんて。

授業内容など、分かってるかどうかも疑わしかった。古典の鏡先生は白いチョークを人差し指と中指に挟み、源氏物語の内容を遠い目で語っていた。その声は教室の灰色の壁や、黄色のカーテン、薄灰色の床に流れて行った。

「―――のように、主人公の光源氏は幾人もの女性と接し、愛されていくわけですねぇ。まぁ女性側からすれば多くのライバルがいるわけですが…」

「水無瀬くんはどう思う?」

不意に隣りから話しかけられた。

「え?」

「光源氏のこと。自分の義母まで好きになるんだって。すごいよねぇ」

「ああ、うん…」

俺は緊張のなかででも自分の主張は言っておかなければと思った。

「…でもたくさんの人を好きになるよりは、俺はたった一人のことをずっと好きでいることのほうが素敵だと思うなぁ」

俺は藍子さんの目を見ることが出来ずに黒板を見ながらそう言った。

「うん。だよね。私も水無瀬くんと同じだよ。やっぱり永遠の愛が一番、だよね」

と、そこで振り向いた俺は藍子さんが少しだけ頬を赤くしていることに気づいた。俺はそんな藍子さんに、強い人間らしさを感じてますます好感を抱いた。

だが今の言い方からすると、彼女にはその永遠の愛を施してくれる人がいるような気がした。

俺は小さい新たな不安を感じながら、空から降り続ける新雪を目を細めて見続けながら、言った。

「うんそうだね」

その言葉に、自分の隠している好意と忘れないで欲しいという思いを乗せながら。