11月17日。

本当は分かっていた。あの日の出来事が紛れも無い現実だということを。

あの出来事から三日。今日、あの幽霊が予言したことが起きれば、俺は…おそらく3ヶ月後に死ぬだろう。

朝、あまり良く眠れずわざと自分の部屋のテレビを付けずに一階に下りていった。洗面台へいき、顔を洗って歯を磨く。こちらを覗き込む水無瀬は、いつにも増してどんよりした顔だった。

誰もいない食卓に付き、おそるおそるテレビのリモコンのスイッチを押す。響く電子音と同時に音声がフェードインして映像がうっすらと浮き出てきた。

「―――くや10時に○○区の暮葉通りで、刃物を持った43歳の無職の男が――――」

暗いニュースがいつものように報道される中、予言した小川の名前は出てこない。

20分間。俺は何回もテレビのチャンネルを変えて速報を待った。しかし全くその情報は姿を現さなかった。

出てこないのが一番良い。しかし、それは逆に俺を焦らせた。今日一日、どっちにしろ不安な一日を過ごさなければならないのだ。

結局1時間探しまくったが何も出てこなかった。家に帰ってテレビを付けるまで俺は安心できない今日を過ごすはめになった。



学校に着いて、俺はやはりそわそわしていた。

昼休みになっても弁当を開ける気さえしなかった。とにかく小川という奴が死んだかどうか、それだけが知りたい。

「なぁ水無瀬ー。お前なんか朝から変だぞ。なんかあったのか?」

いきなりの千也の言葉に肩を少し強張らせて俺は答えた。

「いや別に何も」

「そう言うけどさぁ。ふたすら開けてねぇぞ?」

「…」

まさに挙動不審状態に陥っていた。

そして6校時目の体育の時、大恥をかいてしまった。体育の授業は男女別だが、同じ場所でするために見ようとすれば女子や男子の姿を見られる。

その日はバスケで、俺は部活に入っていないけど得意分野だった。男子5人同士のチームで試合をすることになり、俺のチームは俺、千也、安部、梅津、菅原のメンバーだった。

相手も同じようなバスケ部以外の運動部のチームで、接戦になっていた。

俺はバスケに専念していたのが幸いしたのかその時はあの事を全く考えていなかった。しかしそれを思い出させた言葉が発せられた時、体が硬直した。

「小川くーん!ガンバーー!」

固まっている俺は、自分に強めのパスが来た事が分からなかった。

ガツッ!!

右側頭部に衝撃が走り、視界がぶれた後にやっとボールが当たったことに気づいた。

そして今度はその試合にほとんどの女子が応援していたのに気づいてしまった。もちろんあの人も。


「しかし見事にヒットしたな」

「うっせぇ」

試合が終わって更衣室で制服に着替えている時にまたその話題になった。

「しかし藍子ちゃーんの前であれはキツイな流石に」

「うっせえ」

「だけどお前の3ポイントには惚れたねぇー。ヒュッと流れるようなフォームからスパッとネットだけを揺らして決めるあのクールさ」

ロッカーをバン、と閉めながら俺は更衣室を後にした。

放課後になって掃除をしている時は教室にあるテレビを何度点けたいと思ったことだろう。教師の許可なしではテレビを点けてはならないのだけれども、どうしても気になった。

モップを半ば機械的に動かしながら、俺はチラチラとテレビを見てしまっていた。

「どうしたの水無瀬君、テレビ見たいの?」

同じ掃除班であった笹原はいつもと違う俺に気づいたのか声をかけてきた。

「見て悪いかな」

「先生いないから少しくらいいいんじゃない」

その言葉に甘えて俺は電源を入れた。アナウンサーの声が流れてきた。

「――-り返します。本日2時39分に、東佐山通りで運転中であった俳優の小川夏彦さんが、飲酒運転をしていた大型トラックと衝突し病院に運ばれましたが、出血多量により亡くなられました。」

いきなり発せられた言葉で体を拘束された気がした。カタン、と自分の持っていたモップが床に落ちた。

「ち、ちょっとまじ!?小川夏彦って…」

突然のことでうまく頭が回らなかったが、少しづつこれがどういうことなのか分かってきた。

本当だった。アイツの言っていたことは紛れも無い事実だった。

アイツの言葉のすべてに嘘が無いなら、俺も…死ぬ。



先に心から込み上げてきたのは恐怖や不安ではなく、不信感だった。

こんなはずがない。こんなことが起きていい訳が無い。そんなことばかりが頭の中でざわめきながら俺は1人で帰り道を歩いていた。

騒がしい交差点を突っ切り、人ごみをすり抜け、流慧橋という大きな橋に出る。空は嫌になるくらい幻想的な橙色で、西からの光ですべてのものから東へと影が伸びていた。

早い歩調が橋の中間で、止まる。橋の手摺りの上に腕を乗せて下から流れる川に目を落とす。

「……」

川の流れと車の走行、そして風の音だけが聞こえる。

何かが胸の奥から揺らいでくる。わからない。初めての感覚だ。それは体全体へ行くこともなく、胸の一番嫌な部分に留まっているようだ。

胸が、苦しい。

「悪かったな」

後ろからいきなりの声。俺は驚いたがその声が3日前と同じ人物の声だったので後ろを振り向かなかった。

「何が」

「何がってお前…」

こいつは何も悪い事などしていない。悪いのはこの現状にまだ信じきれてない俺のほうだ。

「小川夏彦、か…あいつ結構かっこよくて色々映画にもでてたのにな」

「…」

大型トラックが後ろの道路を横切ってうるさい音と排気ガスを残していく。夕陽の空の中で、たくさんの雲たちがゆっくりと東へ流れていく。

俺はゆっくりと後ろに振り向き、叢を真正面から見た。

「しっかし俺に似すぎだよな、お前」

「お前が俺に似てんだよ」

「あっそ」

こんな奴と始終共にしてたら頭おかしくなりそうだ。ドッペルゲンガーみたいで。

よくよく見てみると叢は俺と同じ校章の似たような制服を着ていた。どう見てもこれは未ヶ原南高校の校章だよな。

「お前まさか俺と同じ高校だったのか?」

「いまさら気づいたのかよ」

何話してんだ、俺は。こんなどうでもいいこと。

俺は再び叢に背中を向けた。遠くの河原でどこかの男女が笑い合いながら話していた。冷たい風が俺の髪を流して、河川敷沿いにある木々の葉っぱを擦れさせた。

「俺は死ぬのか」

後ろで叢の雰囲気が強張ったのを感じた。

「…かもな」

俺は大きく溜息をついた。

辺りは段々薄暗くなっていき、アスファルトが敷かれた橋の歩道は黒みがかった灰色になっていった。手の下にある物質的な青い色をした硬い手摺りはより一層冷たく感じられる。

訳が分からない。3ヵ月後には俺はもうこの世界にはいないのか?どうして自分が死ななければならないんだ?

目を細めて遠くに見えるガラス張りのビルを眺めながら、俺は口を開いた。

「俺はどうすればいい」

まだ心に少し疑念があるのが分かる。どこかでこの出来事を信じれらていない。

「最後まで生きろってしか俺は言えないな」

俺はまた叢に振り向いた。もう1人の自分がそこにいる錯覚に陥る。

「最後まで生きる?」

「あぁ」

「なんか当然のことみたいだけど当然のことでもないような気がするな」

「当然のことだ」

叢は強くそう言った。

「まるで自殺を止めようとする教師のような口調だな」

「教師ではないけど止めようとはしているよ」

俺はそんな人間だ。嫌な事や苦しいことがあるといつも生きる事と向き合えなくなる。根性無し。

だけど根性無しである以上に臆病者でもある。怖くて死ねないのだ。

「大体お前に止められんのかよ。触れない体になってんじゃねぇの」

「触れようと思えば触れられる」

そう言って叢は俺の右肩に自分の右手を乗せた。変な感覚だ。冷たくも温かくもないが触れられていることは分かる。

「なにが幽霊だ」

イライラしてきた。

「いきなり人の家に勝手に入って俺の前に現れて。それで何を言うのかと思えば俺が死ぬ?そして小川夏彦も死ぬって言ってほんとに死ぬし。ほんとはお前、予言の能力じゃなくて人殺しの能力持ってんじゃねぇのか?」

腹が立つ。こいつに。そして最初死をしってよかったと言っていたのにも関わらず、こうして激しく矛盾している自分に。

「確かに人殺しの能力ともよべるかもな。人の死を知るっていうのは」

俺はチッと舌打ちをして風を切るように荒い歩調で暗い道の中、自宅へと帰った。

3ヶ月。もし本当ならば来年の2月に俺は死ぬ。