「死、ぬ…?」 「そう」 あっさりと肯定された。 俺はいまいち分からなかった。自分が死ぬということが分からなかった。 「なに言ってんだお前」 「だから、死ぬの。お前は」 「俺が?本当に?」 「うん」 「んなわけあるか。俺はこれでも病気とか事故とか今まで一回たりともしたことがないんだぞ」 そうだ。そんな訳が無い。俺は死なんてものとはまだ遠いところにいるはずだ。 「そうかい。別にすぐに信じろとは言わんよ。これから信じるようになるんだから」 「は?」 本当に言ってることがよく分からない。俺がこれから信じるようになる?つまりコイツはこれから死んでいく奴を予期していくって事か…? 「お前、まさか死んでいく奴をこれから言っていくつもりか」 「その通り」 …まてよ。だとしたら死ぬかもしれない奴を助けることができるかもしれない。あくまで自分のできる範囲でだが。 「じゃあ俺がその人たちを助ける」 「無理だね」 「なに?」 またもや余裕の顔で言ってくる目の前の俺に、俺は徐々に憤りが募ってきた。 さっきからのコイツのこの余裕は一体なんなのだろう。死んでしまうと何もかもが怖くなくなるんだろうか。 「お前は死んでいく人を助けることはできない。それがその人の寿命なんだ。別に最初から決まっているってわけでもないけど、必ずその人は死ぬ。お前がどんな方法をしようと、その人はなんらかのケースで死んでしまう。絶対ね」 「絶対に・・・なのか」 「うん。絶対」 俺は奴が見せた壁へのすり抜けと、死の予言でもはや7割方は信じていた…。それぐらいの信憑性がある。 もし、3日後に奴が死ぬと予言した小川という俳優が死ねば、俺はもう疑う事はできなくなると思う。だとすると… 「俺が死ぬことも……絶対…なのか」 「気の毒だとは思うけどね…。でもお前の性格からして、言ったほうがいいと思ったから俺はお前に言った」 「・・・確かにな」 そうだ。必ず近い内に死んでしまうんなら、俺はあらかじめ知ったほうがいいと思うほうだ。そうすれば死を早くに受け入れることができ、そのための準備をすることができると思ったから。けど・・・この心にあるのはなんだろう。 「…」 突然目の前が真っ暗になったような気がした。 心の中にはなにもなくなり、すべてが風化した砂漠となり、光という名の希望が失われた。 今まで成した事、今まで大切にしていた事、これからの事、すべてがなんの意味もない虚無に移り変わった。 迷いながら懸命に生きてきたことも、これからしようとすることも意味がない。 ではどうすればいいのか。 分からなかった。何も分からなかった。 気がつくと目の前の奴がなにかをずっと話しているのにやっと気づいた。自分がまだ生きている事に気づいた。 「―――っていうわけで、俺はたまにお前の様子を見に来るから。いいか?早まって死ぬんじゃないぞ?絶対とは言っても未来なんてどうなるかわからないんだからな」 そう言ってそいつは俺の部屋の窓を開けろと言ってきた。俺は朦朧としたままで、別に開けなくてもいいんじゃないかというような疑問も抱かずに窓を開けた。そしてそいつは窓から身を乗り出して最後に言った。 ソウ 「ああ、そういや名前いってなかったっけな。俺は佐藤 叢。よろしく。んじゃまた今度ね」 そう言ってその叢という奴は窓からふわっと飛び降りて、音もなく着地し、どこかへ行ってしまった。 俺には重い時間が残された。 ずっと沈黙が続き、部屋の真ん中に突っ立っていた。 言われた事実と向き合わないためにさっき消したテレビを付けた。だが無駄だった。テレビから流れ込んでくるのはどれもこれも真っ白なもので、音も無音に聞こえた。 意味が無かった。あらゆるものに。 身の周りのあらゆるのもは”生きるため”に関与してくるようなものばかりだったのだ。 だからその”生きる”ことができなくなると聞かされた俺には、どれもこれも真っ白に見えた。 風呂に入らなくては。そう思って着替えを持ってバスルームへ行った。 服を脱ぎ、湯に浸かった。俺の頭のなかは真っ白だった。シャワーを浴びて、体を洗い、顔を洗い、頭も洗って上がった。 とにかく横になりたかったのですぐにベットに入った。 部屋の電気を消し、仰向けの状態で寝ていた。やけに時計の針の音が大きく聞こえた。 カチッカチッ… まるで自分のタイムリミットをカウントダウンしているみたいだった。 真っ暗な部屋で嫌に時計の針の音が響き、俺は除々に不安になっていった。だが俺にはある考えが浮かんだ。 ”まだ本当の話だと決まったわけじゃない。”そう思った。思い込ませた。 たとえあいつが本当に幽霊だったとしても、いくらなんでも人の寿命が分かるわけが無い。さっきのテレビの俳優のことだってどうせデタラメに決まっている。もし本当のことだとしても、彼の裏情報でもあらかじめ仕入れていたのかもしれない。 さっきまで信じ込んでいた俺は、ようやく冷静になってきたようだった。風呂に入って落ち着いてきたのだろう。 「嘘に決まっている」 口にだして言う事で、平静を保った。そして気づかぬうちに寝てしまっていた。 朝。 起きてすぐ昨日の記憶が戻ってきた。 だが昨日の夜あった事が夢だったのか、現実のことだったのか、あんまりよく分からなかった。あまりにも突飛すぎたことだったから。 そんなことをぼんやり考えながら、洗面所へ行って顔を洗い、歯を磨いた。 昨日のことを確認する術もないので、とりあえず着替えて下に降りた。珍しく母親がいた。 「あら、おはよう。早いのね」 この前会ったときは1週間前あたりだったかな。そう思いながら並べられている朝食の前に座った。 「ごめんね、またこれからすぐ仕事いかなきゃいけないの。お父さんは明後日帰ってくると思うから」 「ん」 いつもどおりだ。別にもう習慣になっている。 俺は朝食を済ませ、学校に向かった。 学校に着いた。 しかしボーッとしていた。何かを考えることが出来なかった。まだ眠気がとれていないような気もする。 机に座って教室の天井をボーッと見ている俺はさぞかし変な人間に見られただろう。 「おい水無瀬、どうしたんだ?なんか魂抜けてるぞ」 そう言って千也は俺の頭を右手でノックしやがった。 「お〜い」 「やめい」 ノックし続けていた奴の右手首をガシッと掴んだ。 「一体どうした。なんか今やばかったぞ」 「…なんでもない。少し疲れてるだけだ」 「ふーん…」 俺は頭を横に振り、いつもの自分に戻そうとした。その時、千也が思い出したように俺に言ってきた。 「あ、そういやぁ昨日数学の課題にすっごい手間取っちまってよー。一個だけわかんない問題があるんだが教えてくれないか?」 …千也の言葉で思い出した。今日は数学の課題提出だった。 「……」 普段提出物を忘れる事のない俺が始めてやったミスだった。まずい…見事に忘れていた。 「おい、シカト?俺に教えるのがそんなに嫌か?」 「忘れてた…」 「は?」 「だからやってくるの忘れたんだって」 「嘘をつけぇ!嘘を!お前が課題やってこないなんてありえねぇよ!」 今の声はクラス中に聞こえたんではないか。なんか今クラスの会話が一瞬だけ止まったと思う。クラスでは俺は結構真面目な部類に入っているのだ。 「…鈴木先生に断ってくる」 「まじかよ」 千也はかなり驚いていた。それもそうだ。俺は忘れ物なんてしたことが今まで無いのだから。 その日は先生にも千也と同じようなことを言われ、俺の印象を少しだけ変わらせたようだった。 だがそんなことが比べ物にならない程の嬉しいこともあった。それは――― 「水無瀬君。ちょっとここの問題教えてくれないかな?」 藍子さんが声をかけてきた。 相変わらず心臓がうるさかった。だが俺は平静を装って熱心に分かりやすいように教えてあげた。 「ありがとう」 その言葉で倒れそうだった。一番心臓が唸った。 生きてきてよかったと久しぶりに思えた… |