ツキモト アイコ 月下 藍子さんはベットの上から俺を3秒間くらい見た。 「わざわざきてくれたんだ」 俺から目線を逸らして彼女は千也に言った。俺と千也はドアを閉めて彼女のベットに近づいた。 「元気そうだね。いきなり入院したなんて聞いたから心配した」 「ただの肺炎だから。そんなに苦しくないんだよ―――」 二人の会話がごく自然に流れていった。 俺はどうすればよいかわからず、いつもどおりを装おうと努力していた。と、いってもろくな会話もしたことが無いので、ただ黙って二人の会話を聞きながら部屋の西側の窓からこぼれる夕暮れの光を見ていた。 「はいこれ。俺と水無瀬とで選んだ見舞い品。つっても食べ物しかないけどな」 「ありがとう。今一緒に食べようか」 「あ、そういや飲み物買って来なかったなぁ。俺ちょっと買ってくるわ」 なんだとコイツ。この状況でお前がいなくなったら”二人っきり”という状況じゃないか。 「いいよ千也、俺が行って」 「いいからいいから」 俺の言葉を予測していたように千也はすぐに病室を出て行った。 …… 沈黙。 とてつもなく気まずい空気が流れた。 俺は彼女を直視することができず、さっきまで見ていた窓に助けを求めていた。 少し彼女のほうにチラッと目を向けて見ると、彼女はこの状況を一刻も早く終わらせたいという雰囲気を体から発していた。 俺はこのままじゃいけないと思い、勇気を振り絞って千也の事を話題にして話を進めようとした。 「…そういえば、千也と仲いいんだね。初めて知ったよ」 彼女は少し驚いたような顔をして返答した。 「え、うんまぁ…そんなに仲がいいって訳じゃないけど」 「へぇ…」 ・・・ はたまた沈黙。 これは会話と言うのだろうか?ただの応答だ。 「…水無瀬君」 「ん?」 いきなり彼女が声をかけて来た。 「水無瀬君ってさ。なんか……あれだよね」 「あれ?」 「…ううん、やっぱり何でもない」 なんだろう。あれって。 しかしどう考えてもよい意味の事ではないだろう。・・・分かる。彼女は明らかに俺のことが嫌いだ。 そう認識した時、俺はもうこの場から一刻も早く出て行きたかった。本当はここに来る事は根底では嬉しかった。だが、それは深い悲しみへと姿を変えてしまった。 ガラガラッと千也が缶ジュースを三つ持ってきた。 「ふう、悪ぃな。全部炭酸だわ」 千也は俺と彼女にジュースを渡して自分の缶ジュースをプシュッと空け、棚の上にある買った見舞いの品を開けた。だけど俺はそれを一緒に食べる気はもうしなかった。 「千也、俺もう帰るわ」 「えっ、何言ってんだよ。来たばっかじゃん」 「悪いな」 自分のいない間になにかがあったのを悟ったのか、千也はもうそれ以上聞いてこなかった。流石一番の親友。お前はいい奴だよ・・・ 「そうか、んじゃまた明日な」 千也と藍子さんを一緒にさせることは嫌だったけどそれ以上にもはやそこに居たくなかった。 俺は病室を出て出口へと歩き始めたが、2,3歩歩いた時にふと藍子さんの声が聞こえてきた。 「千也君、なんで水無瀬君連れて来たの?私あの人好きじゃないってこの前言ったでしょ」 その言葉は俺の心の根底に刺さっていた悲しみの刃をさらに深く深くへとえぐらせる力となった。俺はその場から動く事ができずに、聞きたくも無い言葉を聞くはめになってしまった。 「そんなこと言われても…いいでしょ別に。入院している時は誰が来てもうれしいもんなんじゃないの?」 「うれしくないよ」 きっぱりと言った彼女の言葉に胸がより一層苦しくなる。 「酷いなぁ・・・・あいつだって藍子さんのこと心配して来てやってるのにさぁー」 「だって・・・水無瀬君はどうしても私は好きになれないの。なんかこう・・・異様な空気を纏っているっていうか、社交性がないっていうか・・・・とにかく苦手なのよ。そういう人は他にもいるけど、水無瀬君は別格なのよ」 「水無瀬は普通の男子高校生だよ。あいつだって普通の日常送っているし、女だって好きだし、ちゃんと笑える。少なくとも俺の前では」 千也は藍子さんの言葉に怒りをまじえながらそう言ってくれた。俺は少しだけ心が洗われるのが分かった。 「けど…」 「そうやって表面的な部分だけを見て人をこうだ、って決めつけるのは俺は良くないと思うぜ?あいつとは一年の時からのつきあいだけど、絶対にあいつは悪い奴なんかじゃない。むしろいい奴だ。俺が断言する」 「……」 どうやらなにを言われようが俺への見方を変える気はあんまり無いようだ。もういい。帰ろう。 そうして俺はその病院を出て家に帰った。 気付いたら朝になっていた。 昨日はどうやって家に帰り、どのように夕飯を食べて生活をしていたのかよく思い出せなかった。 俺は昨日と同じように制服を着て、朝食を食べて、遅刻しないよう早めに家を出た。 扉を開けると随分と冷える空気が俺の体を切り裂いた。こんなに寒いのに雪が降らないのなら、12月はもっと寒いんだろう。 俺は最近購入したばかりのダークレッドのマフラーを巻いていつもどおりの道を歩いていった。 道路の両端にはなんの木だかわからないが、たくさんの木が100m前後の距離に渡って植えられている。木にかけられている名札を見ると柊と書いていた。読み方はヒイラギらしい。 「冬の木、か…」 学校に着いた。今日は8時15分。 教室にはまだ千也はおらず、俺は今日提出する英語のレポートをめくってしっかりやっていたかチェックした。 5枚あるレポートをピラ、ピラとめくって確認した後、俺はやることが無いので寝ることにした。 机に腕を出し、顔を埋める。はっきりいってこうやって眠ると顔と腕が両方痛い。しかし俺は昨日のことをぼんやりと思い出し始めて腕の感覚が無くなっていった。 「水無瀬くんは別格なのよ」 別格。 普通良いほうの意味で取られるが、文脈からはそんなことは微塵も感じられない。俺の恋はもう散ってしまった・・・もうあの強固な気持ちを変えることなんてできやしない。 まさか他の人と話すのを聞いてこんな終わり方になるなんて思ってもみなかった。 もっとましな終わり方がよかった。自分の気持ちを洗いざらい吐いてしまい、そのあとで彼女の気持ちを知りたかった。多分俺の前ではあんなにまでは言わなかったと思うし。 …いやむしろこのほうが良かったのかもしれないな。あれが本当の彼女の気持ちなんだ。俺には絶対に見せる事は無い等身大の気持ちだった。ならば彼女の本心を聞けて最後を迎えられたのなら、それに越した事はないだろう? 俺は自分の中でのこの恋の結末の良し悪しを頭が痛くなるくらい考えていた。 「ホラ、なに寝てやがる」 ドサッと俺の頭に奴のショルダーバックがヒットした。 「なにをする」 俺は頭を押さえながら自分の前の席に座る千也を見た。コイツ・・・なに怒ってやがる? 「ふう、全く・・・お前、昨日病室の外で俺と藍子さん話してんの聞いてただろ」 まじか。ばればれ? 「…何故知っている」 「俺の第六感を舐めんなよ。つーか病室からでて足音止まったら誰だって気付くだろ。・・・あの人は気付かなかったがな。」 足音止まったといっても結構距離が離れたところだったような気がするんだが… 「悪かったな。聞くつもりは無かった。ただいきなり俺の名前が出たから聞いてしまっただけだ」 「お前あの会話全部聞いてたのか?」 「まあな」 「やれやれ…」 なんだよその呆れ方は。俺にとってはとても大事な事だというのに。 「お前、諦める気だろ」 「よく分かるな」 「全く。そうだろうと思ったよ。・・・いいか?気持ちを伝えないで諦めるなんて俺はもっての他だと思うぞ?」 「お前には関係ないだろ」 「そういう所が藍子さんは嫌だって言ったんだろ。変えようとはしないわけ?そういう態度」 かなりムッと来る言い方だった。俺は反抗する言葉を発しようと思ったが、できなかった。千也のいうことは的を得ていたからだ。 「…」 「まぁ関係ないっていうんなら俺はもう何もこの件に関しては言わねぇぞ。お前の好きなようにするんだな」 そこで千也は俺の前の自分の席に着き、黒板のほうを向いてしまった。 俺は机に広げている自分の腕の中にまた顔を埋めた。 これでいいんだ―――そんな考えが自分の体に染み付いている。 それは中学からだったような気がする。やりたい事も無く、夢もない俺はいつもいつも楽に、楽にと人生を歩んできた。面倒なことが嫌いなんだ。 だけど俺は好きな人ができた。 これはひとつの望みができたことだ。と同時に面倒な事に首を突っ込もうとしている事だ。 俺はこういう事を覚悟してあの人を好きになったんではなかったんだろうか… |